○これまでの洪水対策 〜想定は外水のみ〜
これまで洪水氾濫は大河川の氾濫(外水氾濫)を中心に対策が取られてきました。台風などの大雨を想定した外水氾濫は、豪雨時に上流で集められた雨水が河川水位を上昇させ、堤防を越流するか破堤を起こすものであり、人命、資産や産業などに甚大な被害を及ぼす危険性が高く、当地域では伊勢湾台風などの教訓から様々な施策が取られてきています。台風などの大雨は、2、3日前から雨量、風速などがある程度予測でき、行政側も前もって住民に注意を促すことが可能なのです。また、戦後、ダムや堤防などの建設が進んだことにより、大規模な河川氾濫は減少してきています。
○雨の降り方の変化 〜内水からの氾濫の増加〜
一方、局地的豪雨による内水氾濫については、豪雨をもたらす積乱雲が、いつ、どこの地域に発生し、どれくらいの降雨があるのかが予測困難という問題があります。そのため、急激な大雨による増水で樋門などの開閉操作が間に合わないことや、川幅が狭いことから中小河川では越流が起こってしまいます。また排水路や排水ポンプ、下水道では一定の水位を超えると排水不良となり雨水があふれ出すため、短時間で特定の地区が水浸しになってしまいます。
雨の降り方が変わってきている・・・最近よく言われます。では実際のデータとしてどうなのでしょう。
NHKの報道データがあります。これを見ると近年(1987〜1997)は、東京都心部などでの強雨(1時間10ミリ以上の雨)の割合が明らかに増えていることがわかります。
都心部での強雨(1時間10ミリ以上の雨)の割合
年
|
東京(世田谷区)
|
神奈川(横浜)
|
1976〜1986
|
23%
|
20%
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1987〜1997
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49%
|
45%
|
増加率 |
2.13倍 |
2.25倍 |
資料:NHKのニュース(2000.12.28の18:45から放送)
総雨量は2倍となっているわけではなく、これは
雨の降り方が変化してきたことを示しています。つまり強雨の回数が増えて、弱い雨の回数が減ったのです。これらの原因として
は、都市中心部などでのヒートアイランド現象※が
考えられています。
※都市部において、高密度にエネルギーが消費され、また、地面の大部分がコンクリートやアスファルトで覆われているために水分の蒸発による気温の低下が妨げられて、郊外部よりも気温が高くなっている現象をいう。等温線を描くと、都市中心部を中心にして島のように見えるためにヒートアイランドという名称が付けられている。 |
雨の降り方は、都市部だけでなく全国的にも変化してきているようです。気象庁のアメダスデータを基に全国のデータを整理した資料があります。これを見ると近年(1999〜2010)は、全国的に時間雨量50mmを超える「非常に激しい雨」や時間雨量80mmを超える「猛烈な雨」の回数が明らかに増えていることが分かります。

出典:気象庁
ホームページ(平成24年8月作成)
では、どの程度の雨が降ると、内水型の水害が発生するのでしょうか。気象庁では、
雨の強度について以下のように規定しており、これを見ると20〜30ミリが内水氾濫が起こりはじめる目安とされていることになります。。
1時間雨量と被害の目安
1時間
雨量
(ミリ) |
予報
用語 |
人の受ける
イメージ |
屋外の様子
|
車に乗っていて |
災害発生状況
|
10〜20 |
やや
強い雨 |
ザーザーと降る |
地面一面に水たまりができる |
|
この程度の雨でも長く続く時は注意が必要 |
20〜30 |
強い雨 |
どしゃ降り |
同上
|
ワイパーを速くしても見づらい |
側溝や下水、小さな川があふれ、小規模の崖崩れが始まる |
30〜50 |
激しい雨 |
バケツをひっくり返したように降る |
道路が川のようになる |
高速走行時、車輪と路面の間に水膜が生じブレーキが効かなくなる(ハイドロプレーニング現象) |
山崩れ・崖崩れが起きやすくなり、危険地帯では避難の準備が必要
都市では下水管から雨水があふれる |
50〜80 |
非常に激しい雨 |
滝のように降る(ゴーゴーと降り続く) |
水しぶきであたり一面が白っぽくなり、視界が悪くなる |
車の運転は危険 |
都市部では地下室や地下街に雨水が流れ込む場合がある
マンホールから水が噴出する
土石流が起こりやすい
多くの災害が発生する |
80〜 |
猛烈な雨 |
息苦しくなるような圧迫感がある。恐怖を感ずる |
同上
|
同上
|
雨による大規模な災害の発生するおそれが強く、厳重な警戒が必要 |
出典:気象庁
ホームページ(平成24年8月作成)一部修正
ここで内水氾濫の発生メカニズムを確認します。内水氾濫は、川と下水道の関係から、下水道に入り込んだ水が川に排出できなくなり、溢れることで発生します。また道路の側溝がつまったり、道路の低くなっているところに水がたまったりしても氾濫は
起こります。
◎内水氾濫の起こる仕組み
街に降った雨は、下水道などをとおって川に排水されます。 |
大雨が降ると川の水位が上がり、排水されずに下水道などが溢れてしまいます。 |
◎その他の原因による氾濫
|
|
大雨が降ったとき、道路の側溝がつまったり、道路の低く
なっているところに水がたまったりしても氾濫はおこります。 |
出典:洪水にそなえて 郡山市洪水避難地図(洪水ハザードマップ) |
都市部での雨水の排出は、下水道や暗渠となった小河川に頼っているので、地下の水量を確認する手だてがなく、外水氾濫のように水深が
危険水位に達したら、警報を鳴らすといった対応が現在のところとれていません。
これらの対策として、ハザードマップの整備や観測体制の強化に力を入れはじめているのです。
東京都はいち早く内水氾濫に注目してきたようです。同ホームページには都市型水害に対して参考となる情報があります。
都市の大小の問題はありますが、地方自治体は同様の方向性をもっていくと思われます。
○内水ハザードマップは何故必要なのか
局地的豪雨によって起こる内水氾濫に的確に対処するためには、どの程度の強さの雨だったら、どこが、どれくらいの時間で、どれくらい冠水するか、といったことが、事前に把握されている必要があります。そのためには、シミュレーションに基づいた内水ハザードマップの作成が不可欠となります。
しかし、従来の洪水ハザードマップは、多くの自治体で作成済みですが、内水ハザードマップを作成し公表しているのは、わずかな自治体にとどまっているのが現状となっています。国土交通省では、「ハザードマップポータルサイト 〜あなたの町のハザードマップを見る〜」を公開しています。
▽「ハザードマップポータルサイト 〜あなたの町のハザードマップを見る〜」 http://www1.gsi.go.jp/geowww/disapotal/index.html
これを見ると、「洪水ハザードマップ」は、全国のかなりの地域で整備・公開されているのに対して、「内水ハザードマップ」は整備率が低いのが現状です。
またここでさらに問題があります。洪水ハザードマップと内水ハザードマップがそれぞれ別な手法で作成されているケースが多いのです。本来であれば、解析をするコンサルタント、それを受け取る自治体、公開されたものを見る住民が
それぞれ混乱をきたさないよう、一貫した考えのもと、わかりやすく使いやすいものとして作成されるべき
であるにも関わらず、ハザードマップ作成のための指針などが河川系と下水道系で別々で制定されてしまっているのです。
それぞれの分野でのハザードマップ作成に関連した指針には以下のものがあります。
この中で、平成21年に改訂された「内水ハザードマップ作成の手引き」において、国土交通省では都市機能が集積している地区や内水によって重大な浸水被害を生じた地区等を有する約500市町村において、平成24年度までに内水ハザードマップを作成することを目標に、ハード整備も合わせて総合的な浸水対策を促進していくこととしています。
しかし、平成24年8月末においては未だ170市町村においてしかハザードマップが公開されていません。
○内水ハザードマップ作成の手順
基本として内水ハザードマップを作成する場合は、上記下水道系の「内水ハザードマップ作成の手引き」を準用します。同手引きでは内水ハザードマップの作成及びその公表・活用は、原則として以下の手順によるものとされています。
@内水ハザードマップ作成の基本方針の検討
他のハザードマップとの連携、内水浸水想定手法、段階的な内容充実(地域の状況変化に伴う更新を含む)等について検討し、内水ハザードマップを早急かつ効率的・効果的に作成及び公表・活用するための基本方針を定めるとともに、これに基づき、内水ハザードマップ作成の基本諸元となる対象降雨、放流先河川等の水位、対象区域を設定します。また、基本方針の検討に先立ち、浸水実績、降雨観測データ、地形、地盤高等の基礎調査を行い、排水区域の特徴を分析・把握しておく必要があります。
A内水浸水想定区域図の作成
内水ハザードマップ作成の基本方針に基づき、具体的な内水浸水想定手法を選定して浸水想定を行うとともに、浸水深のランク分け等を行い、内水浸水想定区域図を作成します。
B内水ハザードマップの作成
内水浸水想定区域図に避難に関する情報等を付加し、内水ハザードマップを作成します。
C内水ハザードマップの公表・活用
内水ハザードマップが有効に活用されるよう、公表の方法等を十分に工夫します。
D内水ハザードマップの見直し
内水浸水想定区域やその他記載内容を更新するなど、内水ハザードマップを適切に見直します。
○内水ハザードマップ作成
例
現在公開されている内水ハザードマップにはいろいろな表示方法がとられています。下図は大阪市の防災マップですが、内水浸水想定区域と洪水浸水想定区域と内外水浸水想定区域図が並列表示されています。
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内水と洪水の浸水想定区域図の並列表示の事例 (出典:大阪市防災マップ) |
また下図は四日市防災マップですが、内水と洪水の浸水想定区域図の複合表示した事例です。
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内水と洪水の浸水想定区域図の複合表示の事例(裏面に内水と洪水の浸水想定
区域図の重ね合わせ図)(出典:四日市防災マップ) |
内水ハザードマップを公開する場合、内水浸水想定区域図作成の前提となる浸水シナリオを記載することが重要な要素となります。例えば、内水浸水想定区域図では、下水道の雨水排水能力を上回る降雨の場合や、河川に放流できない場合を想定していることを明示します。また、内水ハザードマップ単独でハザードマップを作成している場合は、河川の堤防の決壊や河川からあふれた水によるはん濫を想定していないことも明示します。ただし、実際の降雨規模や降雨継続時間によっては、想定しているシナリオから洪水ハザードマップで想定している浸水シナリオに移行する恐れがあることについて、住民に十分に理解されるよう記載する必要があります。
特に、浸水想定区域を設定した際の条件については、分かりやすく記載するとともに、今後のデータ等の充実により浸水想定区域の変更もありうることを伝える必要があるようです。
○内水ハザードマップ作成
における参考図書
「内水ハザードマップ作成の手引き」には、以下の参考図書が示されています。通例として上ほど優先文献と考えることが出来ます。
平成20年3月に、初めて国が研究・開発した氾濫シミュレーションエンジン「NILIM2.0」がしっかり入ってきています。
氾濫解析に対して下水道技術者のアプローチとはどのような切り口があるのでしょうか。下水道の技術
をゆうしていなくてはできない、あるいはに下水道の技術が最大限役に立つような切り口を見定める必要があります。
そのためには下記の事業の流れを理解しておくことがとても重要に思えます。
↓ |
平成15年6月 |
「特定都市河川浸水被害対策法」の制定 |
平成16年12月 |
下水道政策研究委員会浸水対策小委員会の設置、「浸水被害緊急改善下水道事業」の創設 |
平成18年度 |
「下水道総合浸水対策緊急事業」の創設 |
平成19年度 |
「都市水害対策共同事業」の創設 |
平成20年度 |
「雨に強い都市づくり支援事業」(新世代下水道支援事業制度)の創設 |
平成21年度 |
「下水道浸水被害軽減総合事業」の創設 |
平成15年6月に「特定都市河川浸水被害対策法」が制定され、ここで法律的に一般河川と線引きがされました。その後、「浸水被害緊急改善下水道事業」→「下水道総合浸水対策緊急事業」→「雨に強い都市づくり支援事業」→「下水道浸水被害軽減総合事業」と
一貫した事業が移り変わっています。また平成19年度には正に河川事業と下水道事業の両側面からなる「都市水害対策共同事業」の創設が行われています。
都市氾濫水害というカテゴリーの中で今後の方向性を定めるには、まずはこれらの事業の性質、本質を理解することが絶対条件となります。
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背景・目的 |
近年、集中豪雨の多発や都市化の進展に伴い、短時間に大量の雨水が流出し内水氾濫の被害リスクが増大している
。またIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第4 次評価報告書統合報告書(平成19年11月)においては、今後気候変動により大雨の頻度増加、台風の激化の懸念が指摘されている。
以上を踏まえ、地方公共団体、関係住民等が一体となって、貯留浸透施設等の流出抑制対策に加え、被災を想定したポンプ車の導入、内水ハザードマップの公表等の総合的な浸水対策を推進するものである。 |
概要 |
一定規模の浸水実績があるなど浸水対策に取り組む必要性が高い地域において「下水道浸水被害軽減総合計画」を策定し、以下の対策、を重点的に支援する。
@ハード対策: |
貯留浸透施設の整備、ポンプ車の導入、既設管きょのネットワーク化、透水性舗装等 |
Aソフト対策: |
内水ハザードマップの公表リアルタイム情報提供早期警報システムの構築等 |
B自助による取組: |
各戸貯留浸透施設の整備、地下施設の防水ゲート・止水板等 |
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背景・目的 |
近年、各地で局地的な豪雨が増加し、都市部での内水氾濫被害が頻発していることから、内水氾濫対策を受け持つ下水道と洪水氾濫対策を受け持つ河川がより一層連携・共同し、相互の施設を融通利用することにより、効率的な浸水対策を推進する。 |
概要 |
下水道の雨水貯留施設と河川の洪水調節施設を、出水特性や規模に応じて融通利用するため、過去1 0
年間に当該地区又は近傍の地区において、下水道の事業計画又は河川の整備計画で対象とする降雨を上回る降雨により浸水被害が発生している地域を対象として、相互の施設を結ぶネットワーク管きょ、ポンプ施設等を新たに国庫補助対象とする。 |
補助対象 |
全ての市町村において、下水道の雨水貯留施設と河川の洪水調節
施設をネットワーク化するための管きょやポンプ等を新たに補助具体的には以下の通り。
@ 下水道の雨水貯留施設と河川の洪水調節施設をネットワーク化するための管きょ( 延長が概ね500m以下のものに限る。)
及び相互に排水するために必要なポンプ施設等
A その他共同で施設を利用するために必要な施設 |
事業効果 |
相互の施設を融通利用してそれぞれの能力をこれまで以上に効果的に活用することにより、効率的に浸水安全度の向上を図ることができる。 |
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今後浸水対策の必要性が高い地区について優先的に公費が投じられ、ハード対策、ソフト対策が実施されていきます。
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ハード対策 |
既設管きょのネットワーク化、ポンプ場増設、貯留浸透施設設置 等 |
ソフト対策 |
内水ハザードマップの公表、リアルタイム情報提供、水害教育 等 |
下水道技術者に求められるのは、従来のハード対策の計画・設計の他、ソフト対策のコンサルティングと、計画、設計、公開、システム、教育と幅広い能力が求められます。個々人の技術の強化は無論ですが、シミュレーションソフトなどの準備など、作業環境の変化・充実にも気を配る必要があります。
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